「八方目」とは、字の如く八方に目があるかのように、周囲の状況や空気を感じ取る感覚のことを言います。
組手では、相手の構え、呼吸、肩のわずかな動き、視線の先など──小さな“起こり”を見落としてはいけません。
向き合った相手が、何を選び、何を躊躇っているのか。
言葉にならない気配がふっと立ち上がる瞬間があります。
それに気づくには、技の鋭さを磨くこと以上に、 相手を丁寧に見ようとする姿勢が必要です。
他では、床の状態、周囲の音、空気の重さや軽さ── 環境そのものも、動きや思考に影響を与えます。
つまり、「八方目」とは、それらを排除するのではなく、自然に受け入れながら動くための感覚なのです。
これは、特別な技術だけの話ではありません。
人との会話でも、言葉そのものよりも、 表情、仕草、声のトーン、そしてふと生まれる沈黙に、相手の想いが滲むことがあります。そうした小さな波は、こちらの心を静かに開いていなければ受け取れません。
心を開くとは、先入観や自分の価値観をそっと脇へ置くことです。 ただし、人としての尺度だけは見失わないままに。
気配は、ときに言葉よりずっと静かに届きます。そして、ひっそりと差し向けられた想いは、不思議なほど胸の奥で、小さな明かりを灯すものです。その明かりは、すぐに形をもたないけれど、ふとしたときに自分を優しく照らしてくれていたことに気づく──
空手を通して養われる「八方目」は、 技術以上に、自分を整え、人との関係を深め、安全に豊かに生きるための道具になり得ます。
見て、感じて、記憶に留める。 そして、言葉にならない想いを丁寧に汲み取ること。そうした目の向け方は、結局のところ、自分自身の生き方そのものが映し出されるものだと思います。
苦い思い出を含めた積み重ねが、ただ影のように佇んでいるように。
気づけば、五十代の終わりが、もうすぐそこまで来ていました。 ずいぶんと遠回りしました。
それでも、枯れ果ててしまうつもりは、まだありません。
願わくは、誰かの足元を、静かに照らす月明かりのような存在でありたい──そんなふうに思っています。
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